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患者会情報

ぎんなん会(NIS患者会)

患者様の手記のご紹介

当院で診断・治療を受けられた皆様方にご協力を頂き、治療を受けられた感想を書いて頂きました。治療中の患者様や、今後この疾患で治療を受けようと思っておられる方にとって参考になるものと思います。

 

○手記・1
  
女性 40歳代 四国地方在住
  
  私に症状が現れたのは、7年前の平成16年のことです。婦人科の開腹手術を受けてから排便が困難になってしまいました。グリセリン浣腸やお湯浣腸で排泄する毎日です。治療できる病院が見つからず、失望から精神科の先生にお世話にならなければならない程つらい毎日でした。
   ある日、新聞で大腸肛門機能研究会があることを知り、その代表をされている高野先生へ高野病院のホームページからメール相談をし、入院をさせていただくことになりました。病院を探して3年が過ぎていました。
 入院に際してはコーディネーターの方が段取りをして下さり、入院中も困ったことはないですかと尋ねて下さって、遠方からの入院でしたが淋しい思いをせずにすみました。
 入院すると、まずいろいろな検査がありました。検査自体できる病院が少なかったので、詳しく検査していただけるというだけでとてもうれしかったです。検査の結果、直腸の感覚と運動をつかさどる骨盤内臓神経がいたんでいるため障害がおきているという、納得のいく説明がありました。
 その後、薬物療法、理学療法、ハリ治療を受け、約1ヶ月の入院中に、グリセリン浣腸をしなくても、自力で無理なときにお湯浣腸だけで排泄できるようになりました。  1年後、さらなる改善を願って再入院、痔の症状もあったのでジオン療法で治していただきました。今度は排便障害のいっそうの改善は望めませんでしたが、2回の入院で同じ病気で頑張っている方と知り合え、1人ではないんだと精神的に楽になりました。
 今は高野病院で紹介して下さった先生のところと近赤外線治療を受けられる近医に通院、治療を受けています。たまに落ち込むこともありますが、患者会から送って下さる会報が励みとなり、相談できる病院があることを心強く思っております。  高野先生、スタッフの皆様は親切で頼りがいのある方ばかりで、入院生活は快適でした。本当にありがとうございました。

 

 

○手記・2
  
男性 70歳代 東海地方在住
 
2年前、近くの大学病院で脊柱管狭窄症の手術を受け、その後から排泄障害(排便・排尿共)になり1年半通院治療も治らず悩んでいたところ、たまたま昨年7月インターネットで高野病院を知り、藁をもつかむ思いで診察を受けました。
     
診断の結果は内痔核とスキンタグ、そして神経因性骨盤臓器症候群(旧名・仙骨神経障害)で100%の完治は年齢(71歳)の事もあり困難だが、70~80%迄には治りますとの力強い言葉に励まされ入院治療を行うことを決意しました。
   入院前はどんな治療になるかと心配しておりましたが、治療自体は至ってシンプルなもので、内痔核と皮膚痔(スキンタグ)はジオン治療(痔核硬化療法)と皮膚痔の切除、神経因性骨盤臓器症候群は理学療法での電気治療、近赤外線治療、ハリ治療また直腸肛門機能回復訓練等々、思っていたより簡単なものでした。
 2年前は、特に便漏れで数回下着を汚したこともあり散歩するのもままならない状態で生涯この様な惨めな生活を送るのかと悩んでいた事が嘘の様な今日この頃です。
   又、排尿について治療前はカテーテルによる導尿を1日に3回程度行っていましたが、現在は行っていません。ただ、排尿の回数は日に10回弱と多めですが、此れは加齢のためかと思っています。  今では、人として当たり前の普通の生活が出来る迄に回復し、旅行にも行けるようになり、毎日を楽しんで過ごしています。  此れもひとえに高野病院での治療のお陰と感謝致しております。
 今にして思えば、もう少し早くインターネットで高野病院を検索出来ていればと悔やんでいます。

 

○手記・3
  
男性 80歳代 熊本県在住
  
私は「ぎんなん会」に所属し、皆さん方と一緒に、高野病院会長・泌尿器科部長の「神経因性骨盤臓器症候群」に就いて、研究成果の貴重なお話を興味深く拝聴し、私が永年の間苦しみ、悩んでいる病気と闘い、何とかヒントを得たい一心で参加しました。
  平成14年8月頃まで、私は元気にシニアゴルフ三昧でしたが、コースグランド上で、突然の腰痛と、右足の痛みと痺れで歩けなくなり、日頃信頼していた近医整形外科は、脊柱管狭窄症との診断で手術したが、麻酔から覚め、腰部の激痛と右下肢の硬直が生じ、更に、膀胱直腸障害を来たしていました。 近医は、文献を探して読み直されましたが、失敗の原因が分からず、再手術を希望され、私も懇願し、5日後の再手術の結果、腰の痛みは幾分か和らぎましたが、膀胱直腸障害は治まらず、2ヵ月後一旦退院しました。 その後、右足坐骨神経痛で、再度1週間の入院治療を受けましたが、今日も後遺症の障害を引きずったままの状態です。         手術する前は近医を信頼し、「手術後もゴルフが出来る」の言葉を信じていましたが、考えもしなかった膀胱直腸障害は、周期的に襲う激痛と、排出時の苦悩は、生きた心地がせず、発狂しそうな時もあり、初めの数年間、厳寒時の深夜の苦しみは、家内に相当苦労をかけ、友人たちにも大変心配を掛けました。 体全体の自律神経の異常に、近医の指示で胃腸科と、泌尿器科で診察を受けましたが、臓器に異常はなく、私のプライドは、完全に消え失せ、痛みに耐え兼ね、自殺を真剣に考えた時期があり、近医に全快する方法を懇願したが、仙骨ブロック注射と、内服ビタミン剤は、手術以前から変わらず、私の病状説明をカルテに記入されるのみで、何ら治療の前進が見られず、失望し止む無く、評判の整形外科医を渡り歩き、MRIの検査結果はOKでも、神経の痛みは如何ともし難く、一様に漢方薬の内服を勧められ、再手術しても治せる保障は無く、近医に相談するしかないとの診断でした。
  平成15年6月、肛門周辺の痛みを高野病院の佐藤医師に診てもらい、「陰部神経痛」と診断され、以後、高野病院会長の治療で、ブロック注射、近赤外線と鍼治療を指示され、毎回予約して通院治療の傍ら、健康づくりセンターで、懸命にリハビリに励み、活性化を図る中、私のような後期高齢者でも、体調が少しずつ回復し、温泉治療を行い、僅かに生きる歓び、生きたい心境に変化し、明るい兆しが感じられるようになりました。
  平成18年4月、外科医の紹介で、麻酔科医師のブロック注射と、電気鍼治療を行い、最近、内服にリリカが導入されて、痺れと痛みの和らぎを、一層感じる様になり現在に至っています。 私は、8年余の闘病生活で得たものは、 「自分の痛みと苦しみは、所詮は自分にしか実態は分からない。」 「近年の情報化時代、病院の選択を誤らないようにする事。医師の診療方法に従う中、元々備えた治癒能力で、体調は徐々に変化していく。」 「無理をしないリハビリで、心身を鍛え活性化を図る。部屋に閉じこもらず、外気に当たり、他人と積極的に会話する。」 「健康と気力のバランスを考え、どちらも突出しないようバランスに注意し、前向きに行動する」などして頑張っています。 がんばれ!ぎんなん会。